
訪れるべき和歌山県
木の国和歌山の林業を守りたいと真剣に思う若い夫婦~清水森林組合~
小物や家具、建材など、あらゆるものに利用され続けている「木」。2020年の東京オリンピックを視野に入れて建設された新国立競技場が「国産木材を用いた温かみのあるデザイン」として国内外にPRされていることは、ご存じの方も多いでしょう。
これを読んでいる今、あなたの周りに「木から造られているもの」はいくつありますか?
和歌山県は、県土の76%を森林が占めています。木の神々が棲まう土地として古くから「木の国」と呼ばれ、それが「紀伊国」の由来となったといわれるほど、木と縁の深い和歌山県。その和歌山県で生産された品質の高い木材は「紀州材」として全国各地で利用されています。
「紀伊山地にそびえ立つ木々」をさまざまな種類の「木材加工品」にするためには、まず山にある木を切ることが必要です。森林を管理し、木を伐採して木材を生産する産業は「林業」と呼ばれます。
今回は、他県から移住して和歌山の林業に携わっている長峯さん夫妻を訪ねて、和歌山県有田郡有田川町の「清水森林組合」にお邪魔しました。
夫は神奈川県出身、妻は和歌山市出身
長峯雅志さんと英慧(はなえ)さん夫妻は、清水森林組合で約1年半勤務しています。雅志さんは神奈川県出身。英慧さんは和歌山市出身ですが、林業に興味を持つまでは遠く福岡県で働いていたそうで、どちらもこの有田川町に縁はありませんでした。そんな二人は「和歌山県農林大学校林業研修部の同期だったこと」がきっかけで知り合ったそうです。
和歌山県農林大学校は、2016年度までは「和歌山県農業大学校」という名称で、農業を中心としたカリキュラムが組まれていました。しかし「和歌山県にとって林業は非常に大切な産業の一つである」という考えのもと、2017年度に「農林大学校」と改称し、林業経営に特化した「林業研修部」が新設されたのです。雅志さんと英慧さんはこの林業研修部の一期生にあたります。

長峯雅志さんと林業との出会い
雅志さんは先述のとおり神奈川県出身で、都会育ち。しかし20代半ばごろから都会の生活が自分に合わないと感じはじめたそうです。将来田舎で暮らしたいと考えていろいろなところへ移住相談に行くうちに、「林業」という選択肢を知りました。
林業は国や県からの補助も多く、民間の事業所や森林組合など就職先があり、かつ将来的に独立も考えられます。その点に魅力を感じ、雅志さんは「林業をやってみよう」と決めました。
ただ、林業は和歌山県だけでなく他県にもある産業です。なぜ和歌山に決めたのか? と尋ねると、「趣味のツーリングがきっかけで生石高原(和歌山県海草郡紀美野町・有田郡有田川町の県立自然公園。ススキの大草原が有名)を知り、その光景に魅せられた」とのことでした。
長峯英慧さんと林業との出会い
英慧さんの場合、以前は福岡でスペイン語教室などを運営するNGOに勤務しており、林業とは全く関わりのない生活を送っていました。そんな生活の中でたまたま目にした和歌山県の広報誌で、農林大学校のことを知ったそうです。その表紙に女性の写真が使われていて、「女性も林業ができるんだ」と驚き、興味を持ち、そして入学した、とのことでした。
そもそも、森林組合はどんな組織なのか
夫妻が勤務しているのは「清水森林組合」。有田川町のうち、旧清水町(有田川町は2006年に清水町、吉備町、金屋町が合併して誕生した町です)にあたる区域の森林を管理しています。
「森林組合」とは、森林所有者によって組織される協同組合のことです。木々の管理はもちろん、木の伐採や搬出などは、専門技術や重機が必要となってくるため、森林所有者個人では施業するのは難しい作業です。そのため、地区の森林所有者が協同組合を作り、組合が所有者達の森林を管理する、という形をとっています。
森林の管理だけでなく、林業関係の補助金の申請なども組合が一括で行うため、森林所有者の負担は減る、というわけです。
森林組合の現場作業

妻の英慧さんは現在育児休業中。休業に入る前は森林所有者への対応や補助金関係の事務作業をしていたそうです。
一方、雅志さんは現場での仕事。日々行っている伐採や搬出は非常に大変な作業です。
伐採(木を切る作業)
伐採する木は一本で何トンという重量になるため、作業は非常に危険です。万が一自分の方に倒れてきたら、確実に命を落としてしまいます。そのため、林業においては「大きな木を思った通りに切ることができる技術」はもちろん、何よりも「安全意識」が必要不可欠。
「作業の基礎は農林大学校で学びますが、現場に出てからも日々修行です」と雅志さんは語ります。当たり前のことながら、木は細さや生え方が一本一本異なります。伐採する木をよくよく観察し、どの方向に倒すのが一番効率的かを考えるのは、現場で経験を積んだからこそ身につく技術といえるでしょう。細い木なら30秒程度、太い木は10~15分ほどで伐採できるそうです。
搬出(切った木を運び出す作業)
木を切り倒したら、その木を土場(集積場)まで持っていかなくてはなりません。重機が入れるような場所であれば、ユンボなどを使って作業道を整備し、その作業道から重機を使って運び出します。
しかし、場所によっては重機が入れない場所も多く存在します。そんなときに使われるのが「架線集材」という方法。伐採場所と集積場を太いワイヤーで繋ぎ、伐採場所で木をワイヤーに吊ります。そしてその吊った木を、細心の注意を払いつつ ワイヤーを使って土場まで運ぶのです。

林業の魅力、そして知っておいてほしいこと
雅志さんは昔、工場で仕事をしていたことがあるそうです。その時は外の天気など全く気にせず過ごしており、今思うと妙な疲労感や閉塞感を感じていた、と言います。
そんな雅志さんにとって林業の魅力は、「大自然の中で働けること」。今は閉塞感などは全く感じず、のびのびと仕事ができているそうです。「体を使いすぎて体のどこかが痛い、というようなことはあるが、一晩寝れば元気になる」とのこと。
一方、どんなに安全に気を配っているとはいえ、一般的な事務職などと比較すると林業は危険を伴うことが多いものです。そのため、加入できる保険が限られてきます。この点は不便であるといえるかもしれません。
林業という業種が人材を確保するために
社会全体で人手不足が叫ばれていますが、林業も例外ではありません。林業従事者の減少および高齢化は大きな課題となっています。
和歌山県では、林業の技術を習得してもらい、県内での就業に繋げるべく、「林業就業支援講習」を開催しています。1ヶ月弱程度の集中研修で、チェーンソーの資格など、林業に関係する資格を取ることもできます。受講費は不要で、宿泊費も1泊4,000円まで補助が出ます。まとまった時間があれば、受講する価値は大いにあるでしょう。このような講習は和歌山県だけでなく全国で行われています。
また、長峯夫妻が通っていた「和歌山県農林大学校林業研修部」では、林業の技術だけでなく経営などについて、網羅的に学ぶことができます。
このように、和歌山県では「林業、やってみよう」という気持ちがあれば実務に結びつくルートがいくつもあります。しかし、実際のところ、なかなか多くの人は集まりません。「情報発信に課題がある、必要としている人に情報が届いていない」と雅志さんは指摘しています。

「よりよい山をつくりたい」
農業は毎年収穫がありますが、木が出荷できるまで育つには年単位、もしくは十年単位で管理をしなくてはなりません。そのため、農業と比較すると非常に長いスパンで生産物(=木)と向き合うことになります。
「すぐに目に見える成果が出ない」という点のみを考えると、モチベーションは保ちにくいかもしれません。しかし雅志さんは「今、目の前にある森林や山を将来さらに良くするにはどうすべきか」という視点で未来を見据え、目の前の課題に取り組みます。
例えば、自然環境という視点から考える「いい山」は天然林の山。人工林を天然林に戻すためには百年単位で山を管理し続ける必要があります。同様に、森林所有者の視点からの「いい山」はきちんと利益が出る山。そして消費者から見た「いい山」は品質のいい建材を生産する山、といったところでしょうか。
雅志さんは自然環境、森林所有者、消費者など、林業に関わるそれぞれの分野で繋がりあい、経済の好循環を生み出したい、と話してくれました。そして林業を盛り上げて、林業に興味を持つ人が増えてくれたら嬉しい、とも。
木の国和歌山での田舎暮らし

「特に都会の生活に閉塞感や疲れを感じている人は、一度『田舎での生活』を検討してみて欲しい」
特に心に残った雅志さんの言葉です。神奈川で生まれ育った雅志さんですが、林業と出会い、和歌山、そして田舎での生活が大好きになりました。