越境学習が組織にもたらす効果。「両利き経営」を実現するイノベーション人材の育成 【インタビュー: 法政大学大学院 教授 石山恒貴氏 後編】

VUCA時代に必須な「自ら問いを立てる力」は越境学習によって養われる。そう唱える法政大学大学院政策創造研究科 教授で、「越境学習」第一人者の石山恒貴氏は、会社組織が越境学習を取り入れる際に勘所として「弱い紐帯」「チャラチャラした人物」「伴走者」「コーディネーター」というキーワードを挙げた。前編に続き、越境学習が会社組織にもたらす「変化」と、どのように取り組むべきかに迫る。(聞き手:日本能率協会マネジメントセンター・川村泰朗)

石山恒貴氏(法政大学大学院政策創造研究科 教授)

INDEX
 ▶ 越境学習が会社組織にもたらす「変化」
 ▶ チャラチャラした人物のように映る「越境者」
 ▶ 地域越境では「コーディネーター」の存在が重要
 ▶関連する無料セミナーなどのご案内
 ▶(前編)
  VUCA時代に必要な「自ら問いを立てる」人材とは

越境学習が会社組織にもたらす「変化」

——前編では、越境学習が「個人」にもたらす成果を取り上げましたが、企業経営者と話をしていると「企業(組織)にとってどのような成果があるのかが分からない」という声を聞きます。

越境者(社員)が、多様な考え方や物の見方、多様な価値観を会社に持ち帰ること自体が、企業にとって大きなメリットになりますが、企業の施策としての「越境学習」を捉えた場合、越境者(社員)が境界を往還し、境界をつなぐ、一連のプロセス全体を通しての成果も期待できます。

例えば、社員が地域課題の解決に取り組む越境学習に取り組んだとします。社員は越境先で、異なる文化や価値観、情報を持つ複数の人と出会い、共に地域課題の解決に取り組みます。その過程において、多様な文化や価値観、情報を統合する必要性を感じ、「多様な意見の統合」「曖昧な状況での業務対処」「メンバーへの権限移譲と成長の重視」「顧客への素直な意見具申」「メンバー間の信頼関係の構築」などの能力を鍛えることになります。さらに、これらの能力を得た社員が、会社に戻ってきたとき、社内の人に既存の固定観念や暗黙の前提を問い直すきっかけをつくる存在として作用することが期待できます。

昨今、「両利きの経営」の重要性が注目されています。既存事業を深掘りしていく「深化」と、外の世界の刺激によりイノベーションを起こす「探索」の二つを組織能力として備える経営です。この「両利き経営」実現のキーパーソンとなるのも、越境学習を経た人材だと考えています。

——では、どのように越境学習に取り組むべきなのでしょうか。

越境学習の定義を再確認すると、越境学習はホームとアウェイを行ったり来たりしながら刺激を得る行動のことです。人事異動や出向も一見「越境」のように思えますが、同じ文化や文脈で物事が語られることが多いため、「越境」には含みません。また、全く異なった文化や文脈を持っていたとしても、その場所はしばらくすると「第2のホーム」になるため、越境ではなく「第1のホームから第2のホームへの移行」だと私は考えます。先述した通り、越境学習の本質は、ホームとアウェイを往還することにあります。

組織として越境学習に取り組む場合、「パーパス(目的・意図・目標など)」を明確にしておくことが必要です。所属する組織のパーパスと自分自身のパーパスが、それぞれ明確だからこそ、越境先で矛盾(違和感)を感じることができるからです。

パーパスを明確することの重要性は、HRの文脈で語られるものと類似しているかもしれません。ミレニアル世代やZ世代と言われる若手の方たちは、組織のミッション・ビジョン・バリューのようなパーパスをすごく大事にします。彼らには個人として「これをやりたい!」というパーパスがあり、組織のパーパスとの共通性・共感を求めています。組織としてのパーパスが明確であることで、彼らは共通性・共感を見いだすことができ、モチベーションを高められます。

——越境学習が成功しやすい組織は、どのような組織か。

「会社人間・組織人間」のような人をやゆする言葉は日本固有のものだと思われがちですが、欧米にも、過去「オーガニゼーション・マン」という言葉がありました。1990年代にすでに、それに対して「バウンダリーレス・キャリア」という言葉も生まれました。

越境にせよバウンダリーレス・キャリアにせよ、それは個人・組織(ホーム)と、多元的コミュニティ(アウェイ)それぞれのパーパスを照らし合わせながら、個人が「問い」を継続できる、そんな状態なのではないかと考えています。

「越境学習が成功しやすい組織」と「しにくい組織」があるとすれば、成功しやすいのは「出入りが自由」な組織でしょう。アルムナイ(離職者・退職者)を受け入れる文化がある組織は、越境者がホームに帰ってきた時に、“得てきたもの”を取り入れることができます。

結び付きが強いネットワークを「強い紐帯」というのに対し、結び付きがゆるやかなネットワークを「弱い紐帯」といいますが、越境先としてより適しているのは、弱い紐帯です。弱い紐帯は普段の仕事では得ることができない、文化や考え方、情報を持っているからです。社員を会社組織の“重力”だけで縛り付けるのではなく、地球(=会社)の周囲をくるくるまわる人工衛星のように捉え、会社と個人(社員)が適度な距離を保てるようにしておくことも、組織で越境学習に取り組む際の重要な視点です。このような人工衛星のような社員は、チャラチャラしているようにも見えます(笑)。

チャラチャラした人物のように映る「越境者」

——なぜチャラチャラしているように見えるのでしょうか。

越境学習は、先ほどの両利き経営において「探索」に当たります。探索する人たちが、会社の中で“チャラチャラしている”ように映るのは、固定観念や暗黙の前提の外にいるからでしょう。特に既存事業に深くタッチしている「深化」の人たちからすれば、彼らが危険な存在に見えたりすることもあります。そのため、越境者がホームで活躍するには、経営者や人材開発部門の働きかけによる、他の社員の理解がとても重要になります。

多くの経営者が、「チャラチャラした社員も認めている」と主張しますが、実態はそうでならないことが多々あります。それは、目に見える、誰もが納得できる有用性を示すのが難しいからです。

そこで、私が提案するのが、経営者や人材開発部門の方が自ら越境することです。越境学習の組織に根付かせ、成果をもたらすには、まずはご自身が越境されるのが一番。越境学習を通して、チャラチャラした人になってみる。その後、一定の成果を還元することができれば、社員に有用性を示すこともできるでしょう。

地域越境では「コーディネーター」の存在が重要

——JMAMではラーニングワーケーション(LWK)という学びのプログラムに取り組んでいます。具体的には「地域のユニーク体験を掘り当て『学び』のプログラムに組み立てる」とする取り組みですが、こうした「地域で学ぶ」ことの人材育成組織への影響を、どのように捉えていますか。

企業というホームから地域というアウェイに飛び込み、地域課題や社会課題の現場に触れる中で学びを得るという取り組みは、越境学習そのものだと思います。ただ地域への越境で難しいのは、課題の設計です。地域の文脈で解決すべき課題は必ず「現場」にあります。企業側が課題や解決方法を、手持ちの文脈で設計しても、うまくいきません。そこで、地域との接し方を正す「コーディネーター」の存在が重要になります。

——具体的にはどういうことでしょうか。

企業側には「伴走する」という心がけが必要です。現場で地域課題に触れたとき、特に大企業がホームの意識のまま問いを立てれば、ただちに何か大きなソリューションを用意しようとしてしまいがちです。でも、例えば交通が不便な地域などにMaaS(Mobility as a Service)のような移動体交通を提案することは、一見重要なことですが、それは地域とってはすでに分かっている課題です。むしろ地域で言語化できていない本質的な課題を洗い出せるような問いを、地域と協働で洗い出せるような伴走者の姿勢が重要です。

地域越境で成果をもたらすには、越境者が正しく伴走者になれるように導くコーディネーターが不可欠です。JMAMの「ラーニングワーケーション(LWK)」には、コーディネーターとして役割を大いに期待しています。

——本日はありがとうございました。

左:石山恒貴氏、右:川村泰朗(日本能率協会マネジメントセンター)

 

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