越境学習が組織にもたらす効果。既存の観念に「問いを立てる」力の育成 【インタビュー: 法政大学大学院 教授 石山恒貴氏 前編】

経営や人材の在り方には「正解がない」ともいわれる時代。いま求められているのは自ら問いを立てる力であり、その力を養うきっかけになり得るのが越境学習だ。法政大学大学院政策創造研究科 教授で「越境学習」の第一人者である石山恒貴氏は「対話的自己(多元的自己)こそが、VUCA時代を柔軟に突き進む原動力になる」と唱える。(聞き手:日本能率協会マネジメントセンター・川村泰朗)


左:石山恒貴氏(法政大学大学院政策創造研究科 教授)
右:川村泰朗(日本能率協会マネジメントセンター)

INDEX
 ▶ 経営も人の在り方も「正解がない」
 ▶ 従来の企業内訓練の限界
 ▶ アウェイで感じる“もやもや”が、対話的自己(多元的自己)をもたらす
 ▶関連する無料セミナーなどのご案内
 ▶ 後編
   ~パーパスの明確化が共感を生み、共感を先にある個の変化が組織を変える~

 

経営も人の在り方も「正解がない」

——VUCA時代と称されるように、社会の変化を予測しづらい時代になりました。不確実性を受容した上で、SDGsを取り入れ、経営の在り方をアップデートすることが喫緊の課題となっています。組織運営の観点から、これからの経営には何が求められるのでしょうか。

不安定・不確実・複雑・曖昧な時代においては、経営や人材育成に限らず、何ごとにおいても、明確な「正解」があるわけではありません。一つの問いに対して、いろいろな答えがあるのだと思います。例えば、コロナ禍や在宅ワークなどをきっかけにビジネス領域では「ジョブ型雇用」が取り沙汰されていますが、これを取り入れれば、経営や組織運営の課題が万事解決するわけではないでしょう。

VUCAだからこそ不安な気持ちに陥り、「正解」を探し求めてしまう気持ちはよく分かりますが、いくら探してもおそらく「正解」は見付けられない。だからこそ、今、「正解がない」ということを受け入れ、不安定・不確実・複雑・曖昧な物事に対応できる組織運営が求められています。

人材開発・人材育成という観点では、数年前から「人材の多様性・多様化」が着目されています。「こういう人材が必要」というような明確な人材要件の定義はもちろん重要ですが、これからはそうしたベンチマークをした上で、変化や曖昧さを受け容れながら、自ら問いを立て続けられる人材を確保できるかが問われています。

——「自ら問いを立てる」とは、具体的にどういう行動を指すのでしょうか。

数年前に「ティール組織」が流行りました。けれども、ティール組織自体が「正解」というわけではありませんでした。全ての組織が一斉にティール組織になれば、日本の社会やビジネスがものすごく良い方向に進むとも思えません。しかし、これまで知られていなかった考え方や理論に触れたことで、「ならば自社の組織運営はどうすべきか」と問いを立てるきっかけにはなりました。「自ら問いを立てる」ということは、現在のビジネスや業務の進め方を常に内省し、新しい在り方を求めて変化し続けるために行動することとも言えます。

——自ら問いを立てるために必要なことは。

先般『問いのデザイン:創造的対話のファシリテーション』(安斎勇樹・塩瀬隆之/学芸出版社)という書籍が発表され、そこでも述べられているように、まずは「固定観念から脱する」ことが大事です。問いを立てるときは、その組織が長らく大事にしてきた固定観念や暗黙の前提に基づきがちなのですが、「我が社はこうでなければならない。こうあるべきだ」といった半ば強制的な状態では、良い問いが立てられません。既存の枠組みの外から内省することが必要です。

従来の企業内訓練の限界

——「固定観念や暗黙の前提から脱する」ことは、経験や実績があるほど容易ではありません。また、日本企業が企業内訓練(人材開発)の中核に据えていたOJTやOff-JTでは、困難なように思えます。

その通りだと思います。そもそもOJTやOff-JTは、日本型雇用を前提とし、職務遂行に必要な画一的・同質的な能力を身に付けさせることを目的としており、ある意味、「固定観念や暗黙の前提から脱する」ということの反対側にあります。OJTやOff-JTは、点(目の前)の物事に対して合理的に遂行できる人材、「知識を使う」能力を育てることには向いていました。

「固定観念や暗黙の前提から脱する」という観点において、企業内の訓練では限界があり、そこで「越境学習」に期待が寄せられています。

——石山先生が考える「越境学習」とは。

「越境学習」という言葉は、立教大学経営学部・中原淳先生が、2012年に『経営学習論:人材育成を科学する』(東京大学出版会)で紹介されてから知られ始めました。当初中原先生がおっしゃっていた越境学習は「組織の中だけで学ぶのではなく、企業外でも学びましょう」という意味ですが、私はもう少し広義に捉えています。

私は、場所の移動などの物理的なものではなく、心理的に越境することだと考えています。人は誰でも「ホームだ」と思う自分が準拠している状況と、「アウェイだ」と思う状況があり、その二つの状況を行ったり来たりすることで学びを得るのが「越境学習」です。よく知っている人がいて、社内用語や自分が身に付けてきた考え方や進め方が通じる状況下が、ホーム。見知らぬ人がいて社内用語も通じず、居心地悪いけれど刺激がある状況下が、アウェイに該当します。

前提として、固定観念や暗黙の前提といったホームの文化はとても大事です。所属する組織は、どのような意義・意味があって存在しているのか。また、どのような文化を持っているのか。在籍期間が長ければ長いほど、意義・意味を深掘りでき、深い洞察が得られます。それらがあるからこそ、アウェイに越境したときに多様な問いが得られます。

人材開発の領域に「アンラーニング(学習棄却)」という言葉があります。「今までの学習で得たことをゼロにして、一から学び直す」と間違った捉え方をしている人も多いようですが、正しくは「学んできたことを問い直すことで、さらなる学びを得る」ということです。越境学習における「自ら問いを立てる」も、これにあたります。

アウェイで感じる“もやもや”が、対話的自己(多元的自己)をもたらす

——「越境学習」は、どのように固定観念・暗黙の前提から脱するきっかけになり、「自ら問いを立てる」ことにつながるのでしょうか。

アウェイが、居心地悪いのはなぜでしょうか。人はホームにおいて自らが知覚し、他人からも知覚されている「アイデンティティ」を持っていますが、アウェイではホームで通用していた文化や考え方、仕事の進め方などが通用せず、アイデンティティが不安定になります。それが“もやもや”する、居心地悪さの正体です。

ホームからアウェイに越境すると、もやもやした違和感とともに、固定観念・暗黙の前提の外にある文化や考え方、仕事の進め方に触れます。このとき、「これまでやってきたことはベストだったのか」と、「問い」が生まれるのです。

——「越境学習」の具体的な成果は。

「越境学習」の成果は、「対話的自己(多元的自己)」が得られることです。アウェイで自問することで、新たに触れた文化や考え方、仕事の進め方を取り入れた新しい「アイデンティティ」が形成されます。この「アイデンティティ」は、越境前に持っていた「アイデンティティ」とは異なるものです。

固定的な「本当の自分」が存在しているわけではなく、「家族といる自分」「会社の自分」「社会人サークルの自分」「アウェイの自分」のいずれもが「本当の自分」。つまり複数の異なるアイデンティティが同時に存在している状態です。

複数の異なるアイデンティティを内包するということは、「多様な考え方や物の見方ができる。多様な価値観を持っている」ということです。先ほど、「OJTやOff-JTは、点(目の前)の物事に対して合理的に遂行できる人材、『知識を使う』能力を育てる」と話しましたが、それに対して越境学習は「対話的自己(多元的自己)を持つことで、面(全体)を考慮した根源的な解決ができる人材、『知識を創造する』能力を育てる」ことができます。

このような人材は、矛盾を認められ、曖昧さに耐えられる、柔軟な考えを持って変化に対応していける人材であり、企業がVUCA時代を柔軟に突き進むときの原動力になります。

(後編に続く)
~パーパスの明確化が共感を生み、共感を先にある個の変化が組織を変える~

 

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