鳥取県とワーケーション事業の包括連携協定を締結&平井知事と幣社トップとの対談記事を掲載!

2020年8月4日、鳥取県と日本能率協会マネジメントセンター(JMAM)は、同県におけるワーケーション事業の実施に向けた包括連携協定を締結した。

協定締結は、東京・中央区のJMAM本社で行われ、出席した平井伸治鳥取県知事とJMAM長谷川隆会長が協定書にサインした。今回の協定で連携する内容は次の4点。

  • ワーケーションを通じた地方創生・働き方改革等にかかるプログラムの造成及び実施
  • 鳥取県内外の企業・団体のワーケーション実施の促進
  • 鳥取県におけるワーケーションに関する情報発信
  • 上記に関連する取り組み

鳥取県では、9月にJMAMが開発中の座学では学べない体験による学びと、バックグラウンドが異なる人たちとの交流を通じて、企業のイノベーション人材育成を支援する『here there』というラーニングワーケーションプログラムのモニターツアーを予定。来年3月に予定されている同プログラムのローンチに向けて準備を進めている。

はじまりは移住政策

司会:まず、平井知事にお尋ねします。鳥取県は早くからワーケーションに取り組んでこられました。その背景や経緯についてお聞かせください。

平井知事:ことの発端は、私が知事に就任して間もない2007(平成19)年にさかのぼります。この年の10月、鳥取県の推計人口が60万人を切りました。これは、地元では「60万人ショック」といわれましたが、このままだと鳥取県の人口はどんどん減ってしまうという危機感から、それまでの移住政策を180度転換したのです。

それまでは、移住政策に積極的ではありませんでした。その理由は当時、移住してこられる方の中心はリタイア世代で、医療費や介護費用といった財政負担の増加が懸念されたからです。でも私は、60万人ショックを受けて、反転攻勢をかけなくてはと思い、移住促進のための政策を県民の皆さんとともに現場主義で進めていくことにしたのです。

まずホームページを立ち上げました。実際に移住を希望される方もちらほら出てきましたが、希望者の方に実際にお話を伺うと「住みにくい」という意見が多いのです。その理由は、住居の水回りの悪さが原因でした。夫婦で移住する場合、女性が決定権をもつ場合が多いのですが、台所やトイレなどの使い勝手が悪いと、快適な生活ができないのではないかと考えてしまうんですね。ですから、まず水回りの改修費を助成しました。また、移住してきた人がいきなり地元のコミュニティに入っていくのは難しい。そこで、お試しで住んでいただける制度も始めました。また、受け皿となる地元の組織が大事だということも分かってきたので、先輩移住者にネットワークを作っていただき、いろいろとアドバイスを受けられるようにしました。

このように、移住支援策を次々と進めていたところ、2011(平成23)年3月に東日本大震災が発生しました。ライフスタイルという点ではパラダイムシフトをもたらしたといえるでしょう。これを機に移住希望者が増えはじめたのです。

また、これまでは、その大半がリタイア世代という思い込みがあったのですが、震災後は20代、30代の方もたくさんおられたのです。若い世代にも震災で自然の脅威を知ったとか、大都市での住みにくさを実感して、のびのびと子育てができる、あるいは自然の中でストレスなく暮らせるといった、新しい価値観が芽生えてきたのです。これは鳥取県にとどまらず、全国的にもそうしたトレンドが起こり、国の地方創生という政策へとつながっていきます。

そして関係人口、さらにワーケーションへ。
鳥取で、新しい生き方を実現する

鳥取県の移住者は年々増えており、昨年度は2,169名を数え、過去最多を記録しています。計画は上方修正ばかりを続けていますが、一方で限界も感じていました。移住とは、いわば人生の一大決意ですから、それまで住み慣れた地域とか、ご友人とか、捨てるものもたくさんある。特にお子さんがおられる方はたいへんです。そう考えると、移住とは大変重い判断になってしまいます。

しかし、その一歩手前ならば、市場性があるのではないかと考えはじめました。地方創生の議論では、よく「関係人口」と言われます。これは、移住した“定住人口”でもなく、観光に来た“交流人口”でもない、地域や地域の人々と多様に関わる人々のことです。鳥取県もこれを重視して、「歓迎人口」と呼び、名産のカニとからめて「ウェルカニ」というようになりました(笑)。

そういったマインドが醸成されていく中で、ワーケーションというスタイルにも注目し始めたのです。仕事を通じたキャリアライフと、バケーション、そして移住といった過ごし方が組み合わさった1つのスパイラルが発生しているのではないかと。そう考えると、これはトレンドになりうる。そう考えてPRをさせていただこうと乗り出したのです。

ワーケーションではなく副業の話になりますが、昨年度、鳥取県で副業の募集をしたところ、県内14社16求人に対し約1,400人もの応募がありました。しかも応募者の7割がふだんは鳥取県とはあまり縁のない大手銀行やメーカーの社員さんでした。これにはたいへん驚きました。自己実現の手段としての副業というスタイルに、企業の側もそれを容認しはじめているということでしょう。

長い間続いた“会社人間”から“会社”と“人間”へと変わり始めている。そういう意識変革のなかで、鳥取県に目を向けると、豊かな大自然や砂丘をはじめとする観光資源、歴史や伝統文化の息づく倉吉などの古い町並みもある。こうした魅力ある環境のなかで仕事もしたいというニーズです。ワーケーションの舞台としても最適で、利用する会社さんにも選んでいただけると考えたのです。

そうしたときにJMAMさんに出会い、『here there』をはじめとした事業に心から共感させていただきました。ぜひ一緒に推進していきたいと考えています。

ビジネスパーソンが「地域や社会」について学ぶ意味

司会:では長谷川さんから、JMAMのワーケーション事業への取り組みの背景をお話ください。

長谷川:私どもも、東日本大震災や今般の新型コロナウイルスの影響による変化を肌で感じています。企業で働く人をはじめ、多くの人の価値観を変えさせるというか、大きなインパクトをもたらした要因になっていると思います。

弊社の場合、顧客の多くはいわば大都市に本社を構える都市型の企業ですが、そこでの社員のライフスタイルは、やはりビジネス中心です。もちろん社会貢献という言葉はあっても、実際に働いているビジネスパーソンはワーク中心で、とにかく忙しい。そして、オフィスは東京や大都市ですから、同じ日本に住みながら、他の地域のことは分からない。

社会課題と企業課題は実は表裏の関係というか、1つのものとしてとらえるべきものですが、企業活動や企業課題だけに集中していくと、社会課題のほうは分からなくなってしまうのです。また、ビジネスパーソンがワークに集中しすぎると、本来の人間らしさも失われます。休暇や自分の時間を楽しむことによって、はじめて人間らしい生活が送れるのではないか。そんなことをずっと感じておりました。

きょうは、平井知事に日本橋までお越しいただきましたが、日本橋は江戸時代、交通の出発点のひとつでした。よって、ここをあらためて全国の「地域」についての学びや気づきを得ていただく出発点にしたいと考えています。そして、社会課題もきちんと理解して取り組むきっかけとしていただきたいのです。

「B面」- 自分らしい働き方、暮らし方、生き方

長谷川:弊社は長年、ビジネスパーソンの成長を支援してきましたが、どちらかというとビジネススキルを高めて業績を上げることが目的でした。これは企業活動に欠かせないことですが、一方で人間としての成長も大切ではないか。そうした考えから、ビジネスに直結する知識やスキルを昔のレコード盤で言うと「A面」、それ以外の人間的な部分は「B面」と考え、両面の成長を支援するという考え方を打ち出すようになりました。

これまで、A面だけでなくB面の成長も支援するという意味で、ワーケーション――我々はラーニングワーケーションと呼んでいますけれども――を位置づけたところ、お客さまからも共感をいただくことができ、『here there』というプログラムの開発につながっているのです。

平井知事:新型コロナウイルスが突然世界を襲いましたが、これによって私たちは現代社会の歪みに気づかされました。東日本大震災以来、第2のパラダイムシフトがいままさに起こっているのではないかと思います。近年、国を挙げて働き方改革を進め、そのなかにテレワークも位置づけられてきました。つまり「人間として」働く人たちに焦点があてられるようになったのです。そういう変革の波に乗らなければいけないのだと思います。

実は、鳥取県で移住政策を行うなかで、情報産業の方からあるオファーをいただきました。それは、ITが急速に普及するなかで、質・量ともに業務が莫大に増えたSEの皆さんのなかに、メンタルに支障をきたしている方がいらっしゃる。そういった人たちの不安を解消して、安心して復帰できるようにすることが、この業界の課題だというのです。

そこで山間部にある智頭町という町を中心に、SEのリフレッシュ教育のプログラムを行いました。これは、豊かな自然が残る森の中を歩く、あるいは農業を体験する。そういったものを組み合わせながら、時々SEとしての仕事もするというものです。こうしたプログラムを提供する地元会社もできましたが、これがいまでいうワーケーションの走りだったのだと思います。

また、鳥取に移住してマリンスポーツのインストラクターをしながらSEとして働く人も出てきました。海にはシーズンがあるので、シーズン中は海の仕事をしながら、オフシーズンにSEの仕事をする。海の仕事とSEの仕事のダブルインカムです。

ご夫婦で暮らしてみて、東京で働いていた時よりも給料はずいぶん減ったけれども、食べ物も住宅も安いから出費は抑えられます。食べ物に関しては、周りの人たちから野菜や農作物のおすそ分けをいただけるから、そもそもあまり買わなくていい。だから、日々豊かさを感じて暮らしているとおっしゃっていました。

そういう働き方を進めているのが、株式会社LASSIC(ラシック)です。自分らしくの「らしく」をもじった社名で、1つのビジネスモデルを確立しています。こういった例からも、日本経済のあり方や働き方が転換し始めていると感じます。鳥取のような地方発の新しいビジネスがたくさん生まれてくるのかもしれません。

地域に住むこと関わることが学び、それがイノベーションに

平井知事:長谷川会長がおっしゃったように、これまで日本の大企業の経営は内向きだったと思います。だから社会課題は見えないし、ビジネスチャンスも逃してしまう。地方で暮らしながら、会社の時間とそれ以外の時間を均等に持つことができれば、そこからイノベーションが起こる可能性が出てきます。

実は、鳥取県は全国で最も通勤・通学時間が短いんです。また、女性のストレスオフという観点でも2回ほどナンバー1を獲得しています。今般のコロナ禍のようなことを考えてみても、時間、自然、そして人々の絆という3要素が揃っている鳥取の強みではないかと。

また、これを鳥取県だけで推進するのではなく、東京や大阪といった大都市とともにワークの部分を組み合わせることで、新しいシナジーを生み出すことも可能です。

長谷川:ラーニングワーケーションを進めるにあたって、さまざまな地域に足を運んだり、自治体の方々とお話をさせていただいたりするなかで、だんだんとわかってきたことがあります。日本全国的に見れば、海・山・川の自然に恵まれている、あるいは美味しい特産品があるといった地域はそれこそいくらでもありますが、違いは、トップや関係者の方々の熱意です。

平井知事をはじめ、鳥取県の皆さま方のご姿勢や熱心な取り組みは、たいへん素晴らしいものがありますから、地域をあげてワーケーションに来た人たちを迎え入れてくれるものと確信しております。参加されたビジネスパーソンは、観光でもバケーションでもなく、もちろん少し働く場所を変えたワークだけでもない、ここでしか得ることのできない貴重な学びを体験できるものと思います。

here thereとっとり。アタマヒヤセヤ!?

司会:最後に、お二方それぞれ、鳥取県におけるラーニングワーケーションへの期待と展望をいただければと思います。

長谷川:先ほど、全国どこにでも地域資源はあると言いましたが、鳥取県独自の資源に私はとても魅力があると感じています。ワーケーションに参加された方々が、実際にそれを見て、触れて、そしてできれば地域の人たちと一緒になって話したり、食べたり、飲んだり、汗をかいたりしていただきたいと思っています。

さらには、どんなことで悩み、どんなことを期待していらっしゃるのかをつかみ取っていただきたい。関係人口、歓迎人口、ウェルカニとおっしゃっていましたが、鳥取県を第二のふるさと、あるいはそれを通り越して、第一のふるさとにしたいと思うようになっていただければ、ラーニングワーケーションは成功ではないか。そういうことを期待しています。

平井知事:本当にありがたい、勇気づけられる言葉をいただき、喜びに堪えません。やはり人間には生きている理由というものがあります。それはもちろん生業や富を得ることもあるでしょうけれども、本当の幸せの形というのは、自分自身を常に体の中心に持つことではないかと思います。

そういう意味からしますと、雄大な自然環境を感じ、またゆったりと流れる時のなかで、ラーニングワーケーションを体験していただければ、自分自身を常に体の中心に持つためのよい機会となるでしょう。そして私たち鳥取県民と出会っていただくことで、社会課題についても考えていただくことができれば、次の発想のチャンスにもなると思います。

そういう意味からすると、『here there』の良いところは、都市と地方とをそれぞれ体験をしながら、いわばヒートアップした頭を冷やすことだと思います。『here there』ですから「頭冷やせや・・・・でしょうか(笑)。鳥取は温泉もありますので、「お湯湧(ワ)ーケーション」もございます。ぜひ皆さまに来ていただいて、体験していただければと思っております。

結び~令和の梅の花

平井知事:冗談はさておき、令和の時代というのは、これまでとはちょっと違った世界になるだろうとみんな期待しています。令和は英語にすると「Beautiful Harmony=(美しい調和)」だと言われます。梅の花もモチーフになっていますが、実は鳥取も梅に縁がある土地です。

奈良時代、因幡国の国司をしていた大伴家持公の有名な歌に、「雪のうへに 照れる月夜に梅の花 折りて贈らむ愛しき児もがも」というのがあります。これは、雪月花を詠み込んだ最初の歌と言われており、「雪の上で綺麗なお月様がかかっている。そのもとで梅の花がほころんでいる。それを折って、あなたに差し上げましょう」といった意味で、以降の日本文学史上、金字塔のような歌です。

大都会の中で見失っているものが、鳥取には必ずあると思います。ぜひ、多くの方々に鳥取県で令和の梅の花を受け取っていただければと思います。

司会:ありがとうございました。